【雑談】お茶漬けサラサラ
みなさん、おはようございます。
健康診断で要観察だったmono93です。
二週間ほど前、ラジオ風に書いてみたら結構書きやすかったので、今回もラジオ風にしようかなと。
前回のラジオで、ブログってFMミニ放送局みたいなもんだよね、と言いましたが、人気のブログも大概こんな書き方です。
あいさつから始まって、やや自虐的なキャッチコピーのついた自己紹介。
それから、ちょっと日常生活に触れて本題に入ると、やたら改行して。
ひとりツッコミも欠かせません。
読みやすいけど頭には入らない。書いていてもなんだかまとまりがない。柔らかくてリラックスできて、書き手も読み手も楽かなあ、とは思います。でも、なんか求めているものと違う。何を求めているのか分かりませんが。
芸がなくてつまらないなあ、と思いつつも、楽なんですよ、この語り口。あ、倒置法の体言止めも多いですね。
池波正太郎を読むと、オレにも書けそう! と思うのと似ていますかね。そう簡単にはいかないよ、と。
いやいや、今日はそんなことではなくてお茶漬けの話。
インターネット時代のラジオ、podcastで聞いた話題なので、今日はラジオ風にいきましょう。
podcastでお茶漬けの話題が出ていました。
最近、お茶漬けしないよね?
確かに。
子供の頃はやってましたね。大阪の祖父母が「ぶぶ漬け」*1が好きでした。父も好きでした。胃が痛いと言いながら、最後に霰を乗せてお茶漬けしてました。母には、胃が悪いくせにとよく叱られてたっけ。
そういや味噌汁をかけて食べたりもしました。これをやると母にきつく叱られました。犬の餌でしょと。
ドッグフードがない時代、犬の餌は残飯でした。母の実家で犬を買っていましたが、鍋にご飯を入れて味噌汁をかけて炊いて、余ったおかずを乗せたのが犬の餌でした。
でも、味噌汁かけると美味しいんですよね。最近はやってないなあ。
一度娘の前でお茶碗にお茶を入れたら妻に叱られました。残ったご飯粒をキレイに食べようと思っただけなんですけどね。
昔はご飯粒をキレイに食べ、軽く茶碗を洗う意味もあって、お茶なり白湯を茶碗に注いで飲んだものです。
とまあ、ラジオ風は雑談が続きますね。後から書き直すと話の流れが変になるし、途中で中断すると流れが変わっちゃう。垂れ流しです。
さて、お茶漬け。podcastではお茶漬けをしなくなった理由を三つ上げてました。
- おかずが豊かになり、空腹を満たすためにご飯だけを食べることをしなくなった。
- おかずが豊かになり、お茶漬けしなくてもご飯を食べられるようになった。(ふりかけも要らない)
- 電子レンジが普及して冷や飯を温かく食べられるようになった。
その通りだと思いますが、僕はもう一つ加えたい。
- お茶が食卓から消えた。
昔は食事のあとは急須でお茶を煎れたものです。今はそんなことしません。
うちは妻がやかんで煎れたウーロン茶です。たまに急須でほうじ茶を煎れることもありますが、冬にウーロン茶を切らした時ぐらいです。
今はペットボトルのお茶が多いのではないでしょうか。それとも水かな。
水といえば、マンションの段ボール置き場には必ず天然水の箱が捨てられます。チェーンの洗浄に使うのにちょうどいいので重宝しています。サイズがピッタリなんです。
いや、自転車ではなくお茶漬けです。
そういや急須だけではなく、お茶の間やちゃぶ台なんてお茶関係が消えていってますね。ちゃぶ台は「卓袱台」で「茶」はありませんけど。
CMの間にちょっと調べてみましたが、卓袱台の「卓袱」は中国語で脚のついたテーブルのことだそうです。
ええ、いつの間にかCMでしたよ。寝てました?
緑茶を家で入れる家庭はどれくらいあるのでしょう。ペットボトルの緑茶も多種多様で美味しくなってきましたが、急須のお茶の味とは違いますよね。温かければいいものではない。急須で入れたお茶。飲みたいなあ。
そういや接待でも湯飲みに入ったお茶は出なくなりましたね。今は殆どペットボトル。小さな会社や事務所に行くと、まだお茶やコーヒーを出してくれますが、大手に行くとペットボトルですね。野郎が出しても失礼な感じはしないし、後片付けも簡単。よろしければお持ち帰り下さいと。僕の引出にはそんなお茶や水が4本入っています。
急須で入れるお茶が消えていっているんですね。
ってことで、行き詰まりましたので、今日はこの辺りでさようなら。
気が向けばまたしゃべるかもしれません。