週末は晴れ

自転車でスケッチしながら北海道を一周するのが夢

【本】本数珠つなぎ2冊目 『黒いトランク』鮎川哲也著

 

本数珠つなぎ2冊目。本格推理小説の古典、クロフツの『樽』をモチーフにしたといわれる鮎川哲也の『黒いトランク』。光文社文庫版です。

『樽』はイギリスの港に着いた樽から死体が出て事件が始まり、『黒いトランク』は汐留駅に着いたトランクから死体が出てくるところから物語が始まります。舞台がロンドンとパリ、福岡と東京と分かれたり、複数の樽とトランクが絡むあたりも似ています。死体とともに詰められていたのが片や木屑、片や藁屑。殺人現場を暗示する遺留品、情報提供を求める広告を出すところ、どこで死体を詰めたか、容疑者が二人出て、アリバイ崩しが肝となるところ、最後の犯人の行動など類似点はいろいろあります


鮎川哲也自身は、横溝正史の『蝶々殺人事件』(正確には『蝶々殺人事件』に関するエッセイ)に着想を得たと主張しています。おそらくは、改訂版で付け加えたであろう次のような記述もあります。

「鬼貫さん、イギリスの推理作家のクロフツという人が書いた“樽”という小説が、この事件によく似ていますの。お読みになったことなくて?」
「ええ、丹那君もそんなことをいってましたよ。蟻川はクロフツの故智を模倣したのじゃあるまいか、とですね。しかしその“樽”から得た知識をもってしても、この事件は解けないのです。やはり僕は、〇〇が独創したオリジナルなものとして、彼の頭脳にシャッポをぬぎますね」

※ 〇〇は犯人の名前のため、伏せます。

一貫して鮎川哲也は『樽』との関係を否定しています。でも、似ています。
モチーフにした、日本版『樽』を書いた、『樽』を昇華させたと言っても全く恥ずべきところのない作品だと思います。『樽』へ挑戦した! と豪語してもいいぐらいです。独創的と自賛するトリックは、『樽』のミスへの挑戦状のようではありませんか。
と書くと、『樽』より全て優っているように思えるかもしれませんが、『黒いトランク』の動機はこじつけくさい。解説によると当初は女性の登場はなかったが、あとから書き足したとのことです。おそらく、最初から女性が登場していれば、動機も深いものになっていたでしょう。

さて、本作は、戦後のどさくさが落ち着き、高度成長期へ向かおうとしている時代の話です。そのエネルギーのようなものを感じます。巻末の解説で黒澤明の映画を引き合いに出していましたが、まさしく黒澤映画のシーンを頭に浮かべながら読んでいました。エネルギッシュであるとともに、暗さの残る時代です。
刑事の台詞にこんなのがあります。

テンペラ画伯とパステル画伯は信用できないとね。ハハハ。しかし膳所はまさかのコルサコフ病じゃないでしょうから、彼の言は信じてもいいです。」

帝銀事件てす。帝銀事件のノンフィクションを何冊か読みましたが、怖くて仕方が無い。戦後の暗い部分を象徴する事件です。不気味で怖いのです。
そんな戦後の闇もチラリと登場します。


今では帝銀事件は冤罪ではないかと思われていますが、当時は違ったのでしょうね。帝銀事件に対し、差別的な言及が許されるのも、その時代ならではでしょう。

というわけで、いろいろ楽しめた小説でした。

さて、本数珠つなぎ3冊目は、やはり『蝶々殺人事件』でしょうね。

 

 

mono93.hatenablog.com