【本】本数珠つなぎ 3冊目 『蝶々殺人事件』横溝正史著
『横溝正史自選集1 本陣殺人事件 蝶々殺人事件』横溝正史著(出版芸術社)
本数珠つなぎ3冊目は横溝正史著『蝶々殺人事件』。前回の『黒いトランク』の著者鮎川哲也がヒントを得たという本格推理小説だ。
クロフツの『樽』と『黒いトランク』は似ているが、鮎川氏は『樽』に触発されたわけではないと言い張る。横溝の『蝶々殺人事件』にヒントを得たと言い張る。でも、『黒いトランク』が『樽』と『蝶々殺人事件』のどちらに近いかと言えば、『樽』だ。『樽』『黒いトランク』『蝶々殺人事件』の順に並べたくなる。
横溝氏は自ら書いた解説や随筆の中で『蝶々殺人事件』は『樽』に触発されたと何度も書いている。死体が出てくるのが樽かコントラバス・ケースか、死体とともに入っていたものが、砂と金貨か砂と薔薇の花弁か。被害者は女性。舞台はロンドンとパリ、東京と大阪。犯人は最後に自殺するところも同じ。でも、『蝶々殺人事件』の方が断然面白い。動機も説得力があるし、アリバイ崩しだけではないトリック。ちょっとメカニカルな芝居がかったトリック。
なんといっても、横溝正史独特の耽美な世界。これがいい。ちょっと暗いエロシチズム。淫靡な空気感がある。
そして、動機。横溝正史の各小説の動機は今にあるわけではない。秘められた過去にある。出生の秘密。そこまで遡ることも少なくない。
『蝶々殺人事件』が他の二作と異なるのは、耽美と過去の中に物語の深みを持っていることだ。単なるアリバイ崩しのパズル小説ではなく、人の業というか哀しみを感じさせる本格推理小説だ。
『蝶々殺人事件』は横溝正史の耽美で淫靡な世界を十分に堪能できる小説である。
もうひとつ、異なるのは、本格推理小説の作家が好む「読者への挑戦」があることだ。謎の殺人事件を解決するための情報を全て書いたあと、さあ、貴方に犯人がわかりますか? と著者が読者に挑戦する、エラリー・クイーンの十八番だ。ここでは「間奏曲」と称して書かれているが、実はこの小説が雑誌『ロック』に掲載される際、懸賞をつけて読者に挑戦しているのだ。正解者はいなかったそうで、確かにやられた感がある。
私の友人で、同じ探偵小説を書くS・Yという男が、ちかごろこんな川柳を書いてよこした。「探偵はみんな集めてさてといい」まったくそのとおりである。
という記述がある。「私」は本作の語り部の新聞記者のことで、「Y・S」は著者自身だろう。
こうした遊びの要素も垣間見えるところは金田一耕助シリーズとちょっと違うところだ。
そう、横溝正史といえば金田一耕助。でも、『蝶々殺人事件』の探偵は由利麟太郎。金田一耕助以外にも横溝氏は名探偵を生み出していたのだ。
さて、本数珠つなぎ。4冊目は何にしましょう。解説には色々推理小説が並んでいるが、『モンテ・クリスト伯』にしようと思う。
何故に『モンテ・クリスト伯』? と思われるであろう。『蝶々殺人事件』と『モンテ・クリスト伯』との間にどんなつながりがあるのか。
由利探偵と語り部の間にこんな会話がある。
「相変わらず正確だね、君は……」
「そういう先生も。……モンテ・クリスト的ですね」
待ち合わせ場所に時間きっかりに二人で顔を出した場面だ。どうやら「モンテ・クリスト的」というのは「時間に正確」という意味のようだ。
大昔、『モンテ・クリスト伯』を読んだことがあるはずだ。記憶に無い。読もうとした記憶だけある。果たしてモンテ・クリスト伯が時間に正確な人物だったのか。確かめなければなるまい。
ということで図書館に予約してみると岩波文庫で全7巻。そうだった。大作だった。週に1巻読めたとして2ヶ月かかる。他の本にしようかと解説に並ぶ推理小説の名作一覧を見てみたが、これといったものはなく、モンテ・クリストが気にかかる。
本数珠つなぎ4冊目は『モンテ・クリスト伯』。
とその前に、『本陣殺人事件』を読みましょうか。